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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1491号 判決

昭和五〇年(ネ)第一、四九一号事件控訴人 同年(ネ)第一、四〇三号事件被控訴人 永井暉久子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 橋本雄彦

昭和五〇年(ネ)第一、四九一号事件被控訴人 同年(ネ)第一、四〇三号事件控訴人 大七証券株式会社

右代表者代表取締役 齋藤寿一

右訴訟代理人弁護士 入澤武右門

同 桑本繁

同 入澤洋一

同補助参加人 伊藤千代子

右訴訟代理人弁護士 千賀修一

主文

本件各控訴を棄却する。

各控訴事件の控訴費用は各控訴人の負担とする。

事実

昭和五〇年(ネ)第一、四九一号事件控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、酒井重工業株式会社(以下「酒井重工」という。)株式一万四、五〇〇株、野村証券株式会社(以下「野村証券」という。)株式一、〇〇〇株(以下合せて「本件株式」という。)を返還せよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、同事件被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

昭和五〇年(ネ)第一、四〇三号事件控訴人訴訟代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らのその部分の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、同事件被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を準めた。

以下、昭和五〇年(ネ)第一、四九一号事件控訴人で同年(ネ)第一、四〇三号事件被控訴人である永井暉久子、同永井宣子、同永井哲郎を第一審原告らと、昭和五〇年(ネ)第一、四九一号事件被控訴人で同年(ネ)第一、四〇三号事件控訴人である大七証券株式会社を第一審被告という。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は、次に附加、訂正、削除するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  第一審原告ら主張

1  永井勇一郎(以下「勇一郎」という。)と株式会社河口棉行(以下「河口棉行」)または「訴外会社」という。)との間には、勇一郎死亡当時第一審被告主張のような株式売却代金返還債務を含めてなんらの債権債務も存在せず、また、第一審被告係員大和田昇(以下「大和田」という。)は芥川宏次(以下「芥川」という。)に対し、遠藤一夫(以下「遠藤」という。)に渡してくれと言って、委託保証金残金一三一万一、〇二八円を手渡し、芥川は、大和田の言のとおりこれを遠藤に交付したものであり、第一審被告が河口棉行に対し右金員を返還したものではない。

2(一)  勇一郎は、第一審被告補助参加人に対し、酒井重工、野村証券の株式(本件株式)を贈与したことはない。すなわち、(1)勇一郎が第一審被告と株式の信用取引を始めたのは昭和四七年一月からであり、補助参加人が勇一郎に対し委託保証として提供するために本件株式を貸与したという昭和四五、六年ころにはその信用取引がなかったから、右株式を担保に提供することはありえないことである。(2)補助参加人は勇一郎が昭和四五年ころ住友化学工業株式会社(以下「住友化学」という。)の株式五、〇〇〇株を酒井重工業株式三、〇〇〇株に買い換えたというが、前者の価額は金三六万一、二五〇円であるのに、後者の価額は金八一万五、一九〇円であり、前者の売却代金で後者を買うことはできなかった。(3)勇一郎が第一審被告に対し本件株式を預託したのは昭和四七年一月ころであるが、当時勇一郎は他にも酒井重工株式四万五、〇〇〇株を所有しており、信用取引の担保を差し入れるのに補助参加人所持の本件株式を借りる必要はなかった。(4)勇一郎が本件株式の預り証の受領証に予め署名押印して補助参加人に交付したのは、本件株式の受領について委任しただけであって、本件株式を贈与したものではない。

(二)  仮に補助参加人に本件株式が贈与されたものであるとしても、第一審被告と勇一郎との間の株式信用取引委託契約が勇一郎の死亡に伴って終了したことにより担保として寄託された本件株式を返還すべき相手方は、勇一郎の相続人である第一審原告らであって補助参加人ではなく、また、勇一郎の補助参加人に対する右株式受領の委任契約も勇一郎の死亡によって終了しているから、補助参加人はいかなる意味においても右株式受領の権限を有しないのである。そして、第一審被告(係員大和田)は、もとより勇一郎死亡の事実を知っており、従って本件株式を返還するにあたっては、その相手方が勇一郎の相続人であること又はこれから適法に受領権限を付与された者であることを確認すべきであるにかかわらず、第一審被告はこれを怠り勇一郎の署名押印のある受取証書を持参しているという一事により漫然受領権限あるものと軽信して補助参加人に本件株式を返還したのであって、第一審被告には過失があるから、右返還は債権の準占有者に対する弁済としての効果を有しない。

(三)  補助参加人の、民法四七九条による無権利者への弁済の効果に関する主張事実を争う。

二  第一審被告の主張

1  原判決四枚目表四行目から五行目「支払った。2ところで、」とある部分を「支払い、河口棉行は第一審原告らの事務管理者として右金員を受領した。」と、同九行目「支払う」とある部分を「交付す」と各訂正し、同一〇行目「3」を削除し、同裏三行目「4」を「2」と、同八行目「5」を「3」と各訂正する。

2  第一審被告が河口棉行に本件の委託保証金残金を支払った経緯は、次のとおりである。

第一審被告は、河口棉行の代表者であった勇一郎が死亡した後に、その後の代表者遠藤から、勇一郎個人の株式信用取引を解約する旨通知があったので、解約手続をし清算の上、残った委託保証金一三一万一、〇二八円を、河口棉行係員芥川に対し、勇一郎の相続人である第一審原告らに交付する趣旨で手渡し、芥川から同趣旨で遠藤に交付されたが、遠藤はこれを第一審原告らに交付しなかった。そこで、第一審被告がその理由を調査したところ、河口棉行が勇一郎に対し、前記株式売却代金交付請求権を有するので、右委託保証金をもってその一部の弁済に充当したとのことであった。ところで、勇一郎が第一審被告を通じて売却した日東紡績の株式は河口棉行の所有であり、河口棉行の帳簿上その所有資産として記載されているものであるところ、勇一郎は売却代金の内金七二万三、八九〇円で椿本チェインの株式を購入し、これを勇一郎所有名義としたままであるから、勇一郎は河口棉行に対し売却代金三六九万五、五三七円の交付義務を負うものである。第一審被告が河口棉行に交付した委託保証金は右のように勇一郎の河口棉行に対する株式売却代金交付債務の一部に支払充当され、これにより第一審原告らが相続によって承継した勇一郎の河口棉行に対する債務がその限後において消滅したので、第一審原告らは右支払充当された分について現に同額の利益を得たことになる。

三  補助参加人の主張

1  原判決五枚目裏九行目「補助」の前に「1」を加え、同六枚目一一行目の後に次の2、3を加える。

2  第一審被告が受取証書を持参した補助参加人に対し本件株式を返還したことについては、第一審被告に何らの過失はない。

3  右2の主張が認められないとしても、本件株式については、本来、勇一郎が第一審被告との間で解約に伴う清算の結果その返還請求権を取得し、その返還を受けて、これを真実の所有者である補助参加人に返還すべき義務を負う関係にあり、勇一郎の死亡により第一審原告らは右の権利及び義務を相続した。それ故、補助参加人が第一審被告に対して直接本件株式の返還を請求しうる者でないとしても、補助参加人に対する右返還により結局第一審原告らは右株式を補助参加人に返還すべき義務を免れることとなるから、民法四七九条により、第一審被告から補助参加人に対する本件株式の返還は弁済の効力を生じ、第一審原告らの本件株式返還請求権は消滅した。

≪証拠関係省略≫

理由

一  委託保証金、本件株式の存在

勇一郎が従前から第一審被告に対し株式の信用取引を委託し、昭和四八年七月一三日勇一郎死亡により右取引委託契約が終了し、清算の結果、第一審被告が委託保証金残金一三一万一、〇二八円、保証として預託された酒井重工株式一万四、五〇〇株、野村証券株式一、〇〇〇株を返還すべき債務を負担したこと、及び第一審原告らが相続により勇一郎の権利義務を承継したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  委託保証金の返還について

第一審被告は、第一審被告が昭和四八年八月二三日無権利者河口棉行に対し、委託保証金一三一万一、〇二八円を弁済したが、河口棉行は、これを、河口棉行が勇一郎に対して有していた日東紡績株式売却代金三六九万五、五三七円の交付請求権の支払に充当し、勇一郎の相続人である第一審原告らはこれによって右弁済額相当の金員の支払を免れ現に利益を得たから、民法四七九条により第一審原告らに対しても弁済の効果が生じ、第一審原告らの右委託保証金返還債権は消滅したと主張する。

まず、第一審被告が昭和四八年八月二三日無権利者河口棉行に対し委託保証金一三一万一、〇二八円を弁済したとの点についてみるのに、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

勇一郎は河口棉行の代表取締役であったが、死亡したため、遠藤、及び林憲治が各自代表の代表取締役となった。右遠藤は、個人または河口棉行代表者として、そのころ第一審被告に対し、勇一郎の信用取引清算の結果相続人である第一審原告らに交付すべき委託保証金があれば遠藤の方から交付したいので届けて欲しい旨述べ、第一審被告係員大和田もまた第一審原告らと面識がないので遠藤を介して返還するのが便宜であると考えて、遠藤からの申出の方法で委託保証金を返還することとした。そこで、第一審被告係員大和田は、勇一郎との株式信用取引を清算したところ、委託保証金残金は一三一万一、〇二八円となったので、同年八月二三日右金員を持参して河口棉行に行き、遠藤に右金員の返還につき委任しようとしたが、同人が不在であったので、河口棉行係員芥川に対し、右金員を交付し、右趣旨で遠藤にこれを手渡すよう依頼し、芥川は同日ころ遠藤にこれを手渡した。

以上のとおり認定することができ、右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、第一審被告は昭和四八年八月二三日遠藤または河口棉行に対し、同人の手を経て第一審原告らに委託保証金を返還することを委任したのにすぎず、遠藤または河口棉行が委託保証金の受領権限があるとしてこれに弁済したものではない。

したがって、右の返還委託保証金の交付は、民法四七九条にいう弁済受領の権限のない者に対する弁済にはあたらず、同条の適用を受けないようにみえないでもない。しかしながら、民法四七九条の法意は、弁済受領の権限のない者に対して弁済がされた結果として債権者が利益を受けた場合、右弁済の効果を否定して、弁済者、受領者、債権者間の関係をこれに応じて処理、清算させることが極めて迂遠であるところから、右弁済により債権者が利益を得た限度において弁済の効力を生ぜしめ、問題の解決をはかろうとしたものであると解されるところ、この趣旨は、本件の場合のように、債務者が債権の目的である金銭等を直接債権者に給付して弁済することに代えて、第三者から債権者に給付することを委託して金銭等を右第三者に交付したような場合にも妥当しうるものであり、右の場合に第三者が委託の趣旨にしたがって右金銭等を債権者に交付せず、自己において領得した場合でも、その結果として債権者が一定の利益を得たときは、民法の上記規定により、その限度において弁済の効力を生じたものと解するのが相当である。

そこで、進んで遠藤または河口棉行による返還委託保証金の受領によって第一審原告らが利益を得たかどうかを検討すると、≪証拠省略≫によれば、勇一郎は、第一審被告に委託して、昭和四三年八月七日と同月九日の二回に日東紡績株式会社株式合計五万四、〇〇〇株を売却してその代金三六九万五、五三七円を得たこと、及び右株式は勇一郎ではなく河口棉行の名義のものであったことが認められ、また、原審における証人芥川宏次は、右株式は、河口棉行の経理担当社員であった同証人が、勇一郎の命により、勇一郎名義の貸金庫から取り出して同人に手渡したものであること、河口棉行の会社帳簿上右株式は同会社の資産として掲げられており、河口棉行の倒産時においてもそのままの状態であったこと、右株式代金またはこれに相当するものが会社に払い込まれ、ないし交付されたことはないこと等を証言しており、これによってみれば、勇一郎は河口棉行の所有する前記株式を自己の名で売却し、その代金を河口棉行に渡さないままであって、その結果同会社に対し同額の債務を負担しているもののように考えられないでもない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、河口棉行は払込済み資本金一、六〇〇万円の比較的規模の小さい小会社で、勇一郎が終始代表取締役であったほか、同人の妻である第一審原告永井暉久子も取締役に名を連らねていたこと、河口棉行は勇一郎死亡後経理担当取締役の遠藤外一名が代表取締役となったが、半年を出でずして昭和四八年一二月倒産したこと、勇一郎による前記日東紡株式の売却は河口棉行の経理関係者の知るところであったが、その後勇一郎の死亡までの五年間の長きにわたり、会社経理上これについてなんらかの処置が施された形跡がなく、またこれに対して異議ないし勇一郎に対する請求等がされた事実も窺われないことが認められ、これらの事実を総合し、なお、≪証拠省略≫をあわせると、河口棉行は事実上勇一郎が専ら掌理、支配する会社であり、この種の会社によくみられるように、代表取締役社長である勇一郎個人の経理と会社のそれとは必ずしも常に明確にされているとは限らず、両者間の実質的な金銭的貸借関係には複雑なものがあったものと推定されるのであり、このような事情を背景において考えるときは、前記日東紡株式の名義人が河口棉行であり、同会社の帳簿上その資産として掲げられていたこと、及びその売却代金が河口棉行の会社経理上このようなものとして同社に入金となった形跡がないことのみから、直ちに勇一郎が河口棉行に対し同額の債務を負担したものであり、また、勇一郎死亡時においても、勇一郎と河口棉行との貸借関係の清算上右債務がそのまま会社に対する勇一郎の負債として残存する関係にあったものと断ずることは早計といわざるをえず、その他にこれを認めしめるに足る証拠は存在しないのである。そうであるとすれば、遠藤または河口棉行が第一審被告から前記返還委託保証金一三一万一、〇二八円を受領し、これを第一審原告らが相続により承継した勇一郎の河口棉行に対する前記株式代金相当額の債務の弁済に充当したことによって、第一審原告らは同額の債務を免れ、その限度において利益を得たとする第一審被告の主張は、結局その証明なきものとして排斥を免れない。

三  本件株式の返還について

1  この点に関する当裁判所の判断は、次に附加、訂正、削除するほか、原判決理由三と同一であるから、これをここに引用する。

2  原判決一〇枚目表一一行目「成立に争いのない」から同裏一行目「によると、」までの部分を「各成立に争いのない乙第七号証、丙第四、第五号証、文書の体裁により各その成立が認められる丙第一、第二号証、当審における証人伊藤千代子の証言によって各その成立が認められる丙第三号証の一、二、原審及び当審における証人伊藤千代子の証言を総合すると、」と訂正し、同二行目「すなわち、」を削除し、同一一枚目一行目の「一層密接」の後に「になり、勇一郎は昭和四〇年ころ補助参加人に対し、生活費として金五〇〇万円の定期預金を贈与する等の援助を与えた。」を加え、同二行目「その間」を「その後」と、同九行目「した。」とある部分を「し、その際補助参加人は勇一郎に対し、従前贈与された五〇〇万円の定期預金証書を返還した。」と、同裏五行目「と頼まれた」とある部分を「、信用取引解約後は第一審被告から返還を受けて、すみやかにこれを補助参加人に返還する旨の申込を受けた。」と、同一二枚目六行目「認められない」とある部分を「みられない」と、各訂正し、同一三枚目三行目「というべきであり」とある部分を次のとおり訂正する。「。第一審原告は、(1)勇一郎が第一審被告と信用取引をしたのは昭和四七年ころからであり、補助参加人が勇一郎に対し委託保証として提供するために本件株式を貸与したという昭和四五、六年ころには信用取引がなかったというが、≪証拠省略≫によると、勇一郎が昭和四三年八月八日当時第一審被告との間で株式信用取引をしていたことが認められるので、右主張は失当である。(2)第一審原告らは、勇一郎が昭和四五年ころ買い換えたという住友化学株式五、〇〇〇株の時価は金三六万一、二五〇円で、この売却代金では、酒井重工株式三、〇〇〇株(時価金八一万五、一九〇円)を買うことができないという。しかし、≪証拠省略≫によると、右買換えの事実が認められ、他方、≪証拠省略≫によると、右買換えの当時の両者の時価には差があり、住友化学株式の売却代金のみをもってしては右買換えが不能であることが認められるけれども、その不足金は勇一郎がこれを出捐して買換えを行ったものと推認される。したがって、右第一審原告らの主張は失当である。(3)第一審原告らは、勇一郎が第一審被告に本件株式を保証として提供した昭和四七年ころ他に酒井重工株式四万五、〇〇〇株を有していたから、補助参加人から本件株式を借り受け、保証として提供する必要はなかったという。しかし、勇一郎が第一審被告に本件株式を保証として提供した時期は、≪証拠省略≫によると、昭和四五、六年ころであったことが認められ、すでにこの点で前提を欠くばかりでなく、勇一郎が昭和四七年当時右株数の酒井重工株式を有していたことを認めうる証拠もないから、右主張もまた失当である。(4)第一審原告らは、勇一郎が本件株式の受領証に予め署名押印して補助参加人に交付していたとしても、それによっては、本件株式の受領権限を与えたことが証明されるのに止まり、本件株式を補助参加人に贈与したことまで証明されるものではないという。本件株式の受領欄の記載から直接証明される事実は所論のとおりであるが、間接的には、補助参加人への贈与の事実を推認させる一資料となることも多言を要しない。したがって、右主張も失当である。」

3  原判決一三枚目五行目「そうすると、」から同七行目「ならない。」までの部分を次のとおり訂正する。

「前記認定事実によると、本件株式は、補助参加人が昭和四四、五年ころ勇一郎から贈与を受けてその所有権を取得したものであるが(ただし名義書替は行われなかった。)勇一郎はこれを補助参加人から借り受けて自己の所有株式として第一審被告に保証として提供したため、第一審被告との契約上勇一郎が解約の際の返還請求権者であり、補助参加人は、勇一郎の死亡直後、同人が予め補助参加人において第一審被告から直接その返還を受けることもできるよう配慮して、本件株式預り証の各受領欄に署名押印して補助参加人に交付しておいたものを第一審被告に呈示して本件株式の返還を求め、第一審被告もまた、補助参加人が本件株式の受領権者であると考え、同人に本件株式を返還したものである。」

4  原判決理由三の末尾に次の判断を加える。

「5 第一審原告らは、第一審被告が補助参加人を弁済の受領権者と信じてしたことには過失があるから、債権の準占有者に対する履行としての効果を生じないと主張する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

第一審被告係員大和田は、遠藤から本件株式は解約の際補助参加人に返還するよう依頼されており、補助参加人が受領欄に勇一郎の自署、押印のある本件株式の各預り証を持参の上呈示して返還を求めたので、勇一郎がすでに死亡していることを知りながら、補助参加人が受領権限を有するものと考えて、同人に本件株式を返還した。

右事実及び前記認定事実によると、本件株式の各預り証受領欄に記載された、勇一郎が補助参加人に本件株式の受領を委任する旨の契約は、勇一郎が同年七月一三日死亡したことにより終了し、補助参加人の受領権限も消滅しているものである。このことは、取引にあたる者の一般の常識により判断できる事項であり、通常その事実に気づき補助参加人にこれを返還しない注意義務があるのに、第一審被告係員大和田はこれを看過し、補助参加人に正当な権限があると信じて本件株式を返還した過失がある。したがって、第一審被告が補助参加人に対してした本件株式の返還は、民法四七八条にいう債権の準占有者に対する弁済としての効果を生じない。

6  補助参加人は、補助参加人が第一審被告から本件株式の返還を受ける権利を有せず、またこれを受領する権限をもたないとしても、第一審原告らは、勇一郎の相続人として、本件株式の返還を受けた場合に補助参加人にこれを交付すべき義務を負っており、補助参加人が第一審被告から直接本件株式の返還を受けた反面において補助参加人に対する右交付義務を免れたこととなるから、民法四七九条により弁済の効果が生じ、第一審原告の本件株式返還請求権は消滅したという。

本件株式が実質上補助参加人の所有に属し、勇一郎が後日第一審被告との信用取引委託契約終了後これを取り戻して補助参加人に返還すべきことを約して同人から本件株式を借り受け、右委託契約の担保としてこれを第一審被告に差し入れたものであることは、前記認定のとおりである。それ故、勇一郎は補助参加人に対し本件株式の返還債務を負担していたものというべく、同人の死亡により、第一審原告らは、その相続人として、第一審被告に対する本件株式の契約終了による返還請求権を相続するとともに、他方、勇一郎の補助参加人に対する上記本件株式の返還債務をも相続したものであり、したがって、補助参加人が第一審被告から直接本件株式を受領した結果として、第一審原告らは補助参加人に対し上記債務の履行義務を免れ、それだけ利益を得たものというべきである。したがって、民法四七九条により、第一審被告が補助参加人に対してした本件株式の返還は、第一審原告らに対する本件株式の返還債務の履行があったのと同一の効果を生じ、第一審原告らの第一審被告に対する本件株式返還請求権は消滅したものということができる。この点の補助参加人の主張は、理由がある。」

四  以上のとおりであるから、第一審被告に対し、委託保証金残金一三一万一、〇二八円の内金一三一万一、〇〇〇円、及び、これに対する履行遅滞後の昭和四八年一二月一九日から支払ずみにいたるまで商事法定利率(株式の信用取引は商行為にあたる。)年六分の割合による遅延損害金の支払を求める第一審原告らの請求は理由があるが、その余の請求は失当である。これと同趣旨の原判決は結局相当で、第一審原告ら、第一審被告の各控訴はいずれも失当として棄却を免れず、各控訴事件の控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 蕪山厳 高木積夫)

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